- 09年04月16日
- ★わいわいわくわく神倉山★
3月26日(木)、神倉山へ会員さまたちと一緒に
おでかけしてきました!!
まずはジスト新宮から出発し、新宮駅の近くにある『除福公園』へ向けて!
【除福公園伝説】
伝承によると、徐福は秦の始皇帝に東方にある蓬莱・方丈・瀛州に不老不死の霊薬があると具申し、命を受けて財宝と共に数千人を従えて秦から東方に船出したというが、その内蓬莱に当たるのがここ新宮とされていて、徐福はその後新宮に住み着いたという。ここに住み着いた徐福とその従者たちは大陸からの文化や農耕、捕鯨や漁業に関する技術を新宮の人々に伝え、ここ新宮の地で歿したと伝わっている。
この公園にある徐福の墓は、江戸時代の元文9年(1736年)に建立されたもので、紀州藩初代藩主である徳川頼宣が儒臣の李梅渓に「秦徐福之墓」の文字を書かせたものと伝わっている。
観光協会HPより。。。
公園内には『不老の池』なんて言う池もあるそうです!
さて、記念写真をとってからは、目的地の神倉山へGO!!
神倉神社に参拝するには猿田彦神社&神倉三宝荒神社の左手にある朱塗りの鳥居をくぐり、自然石を組み合わせて積み重ねた「鎌倉積み」の、見る者を圧倒(!?)するほど急な石段を登らなければなりません。しかも538段!高所恐怖症の人は足がすくんで登れないかもしれません。(^-^;
その石段は、源平合戦における熊野の功労を賞して、建久4年(1193年)に源頼朝が寄進したものと伝えられています。鎌倉時代の貴重な遺物として知られているそうです。
がんばって登りついた頂上からは素晴らしい景色が!!
お天気も恵まれ、新宮市内を一望することができました!
石段を登り切ると、鳥居があり、その向こうに一枚岩の岩盤の上に数個の巨岩がどっかりと腰を下ろしています。
その巨岩群が神倉神社の御神体で、ゴトビキ岩と呼ばれています。
ゴトビキとは熊野地方での方言でヒキガエルのことで、最も大きな巨岩の形がヒキガエルに似ているところから付けられたようです。なんとまぁ、貫禄のある御神体!!どうやってこの場所にできているのかが不思議です!
軽く食事を済ましてからは、ゆっくり下山。。。
あまりの急な石段に後ろを向いて降りていた方も!でもそのほうが安全です!
機会があれば是非登ってみてください♪
P.S.お燈祭りではあの石段を全力疾走で駆け下りるって。。。恐ろしい!




























